おそロシアはほんとうか?
ロシアと聞くとどんなイメージを持たれるだろうか。絶対皇帝プーチン大統領を筆頭に強きリーダーが統治する極寒の厳しい世界。
笑顔など許されず皆しかめっ面でクールに厳格な国。
私はそんなイメージを持っていたが、本書を読んだら親しみやすい愛すべきロシア人の姿が思い浮かぶようになり、イメージがひっくり返る。
イメージ転換の立役者はなんといっても著者米原万里さんの切り取る筆だろう。
解説を担当した袴田氏はこのように評価している。
私は米原さんの本を読むのはあまり好きではない。翌日必ず体調がおかしくなり、スケジュールに支障ができるからだ。
うっかり前日に彼女の本を読んでしまった。さあ今晩は米原さんの本をと、つい油断してベッドで読み始めたのが運の尽き。
どうにも止まらなくなってしまったのだ。
夜なか中、「ギャハハ」とか「クックック」とか私らしからぬ品のよくない奇声を発し、結局朝まで一睡もしないで一気に読まされてしまった。
なんとも恐ろしい魔力を秘めた爆笑エッセイである。
しかしなぜ、彼女の本はこんな魔力を秘めるのか。
それは、米原さんがソ連崩壊に立ち会い、当時のエピソードや庶民の声も交えて語ってくれるところにある。
ロシアとロシア人は退屈しない
米原さんの名言だが、一度読み始めるとその言葉の意味がきっと理解できるに違いない。
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酒を飲むにもほどがある
世の中に醜女はいない、ウォッカが足りないだけだ
ロシア人の生活において酒は切っても切り離せない関係にある。
ありとあらゆる物事を酒を通して理解する慣用句がロシアには山のようにあるという。
ロシア人は自分らが飲兵衛なのは理解しており、それを自嘲にも誇りにも捉えている。
そんな名言や迷言を紹介しながら本書では面白いウォッカエピソードが満載だ。
ウォッカの飲み方
著者がアルバイトで訪ソし、ある飲み会に参加した日のこと。
皆で乾杯する際にロシア人はこう叫ぶという。
「底まで(飲み干せ)!」
お酒は当然ウォッカである。
「底まで」というのを字面通りに捉えた著者はやはり日本人。
自分だけが飲み干さないのは空気を読まないようで気が引ける。
そこで乾杯の音頭のたびにウォッカを底まで飲み干していた。
何回目か底まで飲み干した後に、隣にいた日本人(団長)が著者に話しかける。
「米原さん、あんたそれまさかウォッカ飲んでんの?」
「えっ、団長はそうじゃなかったんですか?」
「あったりまえよ。僕のは水よ。水。ロシア人とまともに渡り合ったら、あんた、生きて帰ってこれないでしょうが。」
このやり取り後、著者は酔っ払い、ろれつが回らなくなり、本業に支障をきたしてしまう。頭では理解しているのに舌が動いてくれない。
まるで自分ではないかのように。そうして目の前がぼーと霞んだと思った瞬間に著者は泥のように眠りこける。
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なぜウォッカは40度なのか?
ウォッカのアルコール度数は40度である。39度でも41度でもだめ。40度じゃないとウォッカじゃないのだ。
40度のアルコール度数こそ至高。そう発見した人物をご存知だろうか。
彼の名は別の偉大な業績で知られている。
彼はメンデレーエフ。化学元素の周期表を創った人である。
ロシア人に「ほどほど」や「嗜む」飲み方なんて概念はない。
日本ではウォッカはジンと並んでカクテルのベースとして飲まれることが多い。
トマトジュースと混ぜるとブラッディメアリー。オレンジジュースと混ぜるとスクリュードライバー。
しかし、ロシア人はメンデレーエフ先生が大発見した40度の理想値を自ら変えることはしない。
「ロックで」とか「水割り」なんてのは言語道断。飲み方は注文するまでもなくストレート一択だ。
ロシア文学を学ぶ人物の必須科目としては、教会スラブ語とウォッカ。そう言われるほどロシア人を知る上でウォッカは欠かせないアイテム。
大酒飲みの一生。人生の前半は、肝臓を苦しめ、後半は肝臓に苦しめられる。
強靭な肉体かどうかをウォッカをどれだけ飲めるかで判断した時期もあるとか。
むかしのロシアの地主は、小作人を雇う前に、ごちそうを振る舞った。そのごちそうの食べっぷりとウォッカの飲みっぷりをみて、労働力としての価値をはかっていたそうだ。
下戸には辛い世界だが、お酒強いことは名誉になる世界である。そりゃ酔っ払いも多くなるわけだ。
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さいごに
まだまだロシアのおもしろエピソードは続く。
この後は、ロシアの飲兵衛代表、エリツィンの登場。とにかくやばい。
なんたって現役の大統領が泥酔して橋から落っこちて失神しているのだ。
日本の総理大臣が夜の会食の後、酔い過ぎて橋から落っこちて川に落ちる。そんなことあったら政治生命も終わりだろう。
しかし、ロシアは違う。
国民の前で自己を晒して酔っ払うような政治家に対して「やってくれるぜ、うちの親父は」と親近感を覚えるそうだ。
タイプの違う、ゴルバチョフとエリツィンの対比もまた読んでいて面白い。
袴田さんの解説のとおりに、読み始めたら止まらない。そして読んだら、ロシアに興味をもっている自分がそこにいることだろう。