ユニオン・ジャック降ろされ、五星紅旗昇る!
1997年7月1日は歴史的一日であった。イギリス人自ら「不義にして非道の戦争」とまで言わしめたアヘン戦争。その戦利品としてイギリス人の植民地になっていた香港が155年ぶりに中国に返還されたのだ。
しかし、共産党一強の社会主義中国と、かたやイギリス植民地支配の下、資本主義と議会制民主主義を培ってきた香港とをいかに共生していくかが悩みのタネとなった。そこで両者大人の対応を見せて、生まれたのが「一国二制度」だ。
主権もてども干渉せず
「一国二制度」は中国が主権を持つが、香港の政治経済体制は50年間は勝手に変更させないというものである。これによって、香港は中国の中の香港。中国国内の中に境界を抱えたことになる。よって、約束では2047年までは、現体制を維持するものであったが、習近平政権になってから風向きが変わった。
習近平政権は香港への介入を次第に強め、それに対して2014年の雨傘運動、2019年の抗議デモでの市民の抵抗は全世界を揺るがした。だが、習近平の強硬路線は変わらず、2020年6月の全人代で香港の国家安全維持法が成立する。
香港とは何か?
「香港とは何か」たったひとつのこの質問に答えることは非常に難しい。というのも香港はあらゆるものをごちゃまぜにした坩堝だからだ。本書ではそんな複雑な香港を捉えるべく、香港の歴史や抗議デモの背景、そして日本、台湾、中国からみた香港を切り口に多様な視点から情報をくれる。香港の本質を知る上ために、著者はキーワードに「境界性」と「例外性」を挙げている。
香港の生命力の源泉
著者によれば香港の魅力は「境界性」にあると指摘する。香港を捉えた一文を引用してみよう。
香港は、中国であって、完全な中国ではない。香港は、東洋であって、完全な東洋ではない。香港は、アジアであって、完全なアジアでもない。香港は、中華世界であって、完全な中華世界でもない。西洋的な制度や文化も生きているが、もちろん西洋でもない。
香港は、冷戦時代から、東と西、社会主義と資本主義の境界に身を置いた。返還までは英国の一部だったが、完全な英国ではなかった。いまは中華人民共和国の一部ではあるが、香港特別行政区という名前で、中華人民共和国の最周縁部に位置している。
中国が諸外国と繋がる際のゲートウェイとしての役割を香港が果たしてきたのには、地理的な宿命にある。このような坩堝の中、強大な中国という国家と向き合う、先進都市でもあるのだ。
特別扱いされてきた優等生
アヘン戦争によって、諸外国の半植民地状態になり、日本軍との戦争、国共内戦を経て、共産党が天下を取ることになった。ここまでですでにボロボロの眠れる獅子に、止めを刺したのが毛沢東である。
詳細は割愛するが、彼の「大躍進政策」「文化大革命」によって眠れる獅子は毛も肉も骨の髄まで失った。わかりやすく言うと、中国に住む人全員が石器時代に戻ったのだ。住むものも食べるものも生産する道具もなにひとつない。そんな地獄のような時代を送っていた中国と比較して、イギリス支配の下、香港は繁栄していた。
毛沢東の悪夢から目覚めた人民は「不死鳥」鄧小平の改革開放政策へと舵を切る。そのお手本となったのが香港だ。鄧小平は香港を活用して中国を復活させようとしていた。彼自身、香港のことを「改革開放の第一の功臣」だと言っている。
世界の金融センターの一角となっていた香港マネーを中国に送り込み、両者ともに発展を遂げていく。それをぶっ壊したのが習近平だ。こうした香港の例外性を理解しない習近平政権は香港を中国に同化させようとしている。しかし、歴史を見れば、香港を中国と同化することは難しい。
最後に
日本では周庭氏を通して香港のデモの様子を知っている人は多い。かくいう私もそうだったが、なぜ一市民である彼女らが強大な中国に立ち向かえるのか。その信念や想いは画面越しだけではどうしてもわからなかった。本書を読んだあとには、香港の市民が立ち上がっているその背景や想いに一歩近づけたような気がする。読みやすくもしっかりしたバランスで非常に良い本であった。
香港での出来事をさらに深めて知りたい人にはおすすめだ。香港で起きている出来事は対岸の火事ではない。中国共産党と隣国が抱えうる問題、課題を先に経験している香港から全世界が学ぶことは非常に多い。