イギリスにいないイギリス王
君を守るため
そのために生まれてきたんだ
あきれるほどに
そうさ そばにいてあげる
眠った横顔 震えるこの胸
Lion Heart
日本人の多くは、「ライオンハート」と聞くと、SMAPの歌を思い出すのではないでしょうか。しかし今回の主役はSMAPではなくて獅子王リチャード一世です。歌詞と違って、リチャード一世は全然そばにいてくれません笑。イギリス王にも関わらず、イギリスに滞在したのはわずか5ヶ月ほどで治世のほとんどを国外で過ごしました。彼はいったいどんな人だったのでしょうか。一言であらわすと、「戦闘力高いドン・キホーテ」といえるでしょう。
彼を知るために強烈な個性をもった両親からみていくことにしましょう。
フランス王の政略結婚
リチャード一世の母親アリエノールはアキテーヌ公国の跡継ぎでした。アキテーヌ公国とは一体どこでしょうか。まずは地図をみてください。
ピンクで塗られた土地が当時のフランス王の領地で、アキテーヌと比べるとちっぽけなのがわかります。そこでフランス王は領土拡大のためにアリエノールとの結婚にこぎつけました。ところが、ルイ七世とアリエノールの性格は合いませんでした。ルイ七世はもともと聖職者になるつもりで育てられたので堅い真面目な人物。一方のアリエノールは吟遊詩人や騎士に囲まれ自由奔放に育てられました。そんな両者の価値観は合うはずもなく、二人は離婚することになります。離婚後にアリエノールはこんな言葉を残しています。
アンジュー帝国の誕生
離婚後に彼女はアンジュー伯のアンリと結婚します。一番驚いたのはフランス王でしょう。再度、地図をみてください。
緑の部分(フランス国土の半分以上)がすべてアンリとアリエノールの土地になってしまったのです。これはフランス王にとっては脅威でしかありません。しかし厄介なことに身分上は、アキテーヌ公も、アンジュー伯もフランス王の臣下です。こうして臣下が王様以上の土地を持つアンジュー帝国が誕生しました。
アリエノールとアンリ(ヘンリー二世)の対立
アリエノールとヘンリー二世(即位して名前が変わってます)は五男三女の子宝に恵まれました。それはそれは幸せな結婚生活を送っているのかと思いますがそうはいきません。原因はアリエノールが有能だったことにあります。彼女は吟遊詩人が歌う騎士道精神満ち溢れた騎士たちの物語を聞きながら宮廷で育ちました。理想もプライドも高い女性でアキテーヌ公国を受け継いだことを誇りに思ってました。ヘンリー二世に唯々諾々と従って二歩後ろを歩くような女性ではなかったのです。
アンジュー帝国の分割相続計画!
彼女は息子たちへの土地の分割相続を巡って夫と対立しました。当初の分割相続の予定はこうでした。
ウィリアム(長男)は夭逝していたため、ヘンリ(次男)はイングランドとノルマンディー、リチャード(三男)にはアキテーヌ、ジョフリー(四男)にはブルターニュを分割相続する。あれ?ジョン(五男)の分は?疑問に思ったあなたは鋭い。残念ながらジョンには分割相続する土地が残りませんでした。そこから欠地王という残念なあだ名がつけられることになります。
しかし、パパは末っ子のジョンがかわいい。世間では長男かわいがりと言われますが、長男は既に夭逝しており、末っ子がかわいくなるのも人の情なのでしょうか。一方、母親は三男のリチャードを溺愛していました。(アキテーヌ公国はリチャードに相続予定)
相続する土地がないかわいそうなジョンのために、パパは王位継承を考え始めました。ここから他の王朝でもよくみる兄弟喧嘩が始まります。息子たちVSパパ。しかし、パパは名君なので、息子たちの反乱を鎮圧。そして口うるさい妻も幽閉してしまいます。
その後、パパはリチャードに対して、「アキテーヌをジョンにわたせ」と要求しますが、フランス王と組んで要求を拒否します。パパは失意のうちに死去し、1189年にリチャード一世として即位して無事にアンジュー帝国を継承しました。(次男、四男もすでに死去)
サラディンによるエルサレム奪還
リチャードが即位する二年前に中東のとある場所では大きな事件が起こってました。第一回十字軍で獲得したエルサレムをイスラム勢力に奪還されたのです。イギリスでひとりの英雄が即位した頃、イスラームにもひとりの英雄が誕生していました。彼の名はサラディン。これまでバラバラだったイスラム勢力をまとめることに成功した英雄サラディンによって、十字軍国家は海岸沿いの拠点まで後退しました。
第三回十字軍への参加
時のローマ教皇グレゴリウス八世の呼びかけに応じた三人の王様を中心に第三回十字軍が結成されました。
- フランス王フィリップ二世
- 神聖ローマ帝国フリードリヒ一世
- リチャード一世
いまのフランス、ドイツ、イギリスが参戦している最強メンバーが集まった十字軍でした。彼らは中東の港町アッコンにて集合します。そこから十字軍の快進撃が続きますが、エルサレムを落とすことはできませんでした。そうこうしているうちに伝令が届きます。どうやらジョンが王位を狙っているとの噂があり、本国(イギリス)に帰らないといけなくなりました。サラディンと和睦し、キリスト教徒が安全にエルサレム巡礼できるように話をつけて、帰還することにしました。しかしここでもトラブルがまた起こります。
How much 身代金 ?
帰路の途中、十字軍内で喧嘩したオーストリア公レオポルドの領国内を通る際に幽閉されてしまいます。そして身柄を神聖ローマ皇帝へ送り、身代金を要求しました。その額なんと10万ポンド!。ジョンは身代金を拒否しますが、母アリエノールがなんとか工面してくれたおかげでリチャードは救い出されます。ちなみに国家予算の三倍ほどの金額だったそうです。
フランス王の暗躍
じつはフィリップ二世は一足先に十字軍から離脱してました。そして欠地王ジョンを唆して、アンジュー帝国の領土をすこしずつ侵略していきます。リチャードの居ぬ間に侵略。怒り狂ったリチャード一世は帰国後に、ジョンをボコボコにして、火事場泥棒を働いていたフィリップ二世との戦いを始めます。しかし、フランス王との戦闘で負った傷が原因で1199年4月6日に亡くなってしまいました。
最後に
騎士道精神に満ち溢れた騎士について母親から聞かされて育ったリチャード一世はドン・キホーテ的な夢見る騎士だったと思います。王としてよりも戦士として優秀だったリチャード一世は遠くの地、イエス・キリストにまつわる聖地エルサレム奪還という夢に酔いしれた王様でした。残念ながら彼の夢は叶いませんでしたが、人々は彼の勇敢な生き様を評して「ライオンハート」と呼ぶようになりました。彼の十字軍での活躍は塩野七生氏が『十字軍物語』3巻にて描いているので、気になる方はぜひ読んでみてください。